ヨーコとヒロシの香港旅行 1992年9月12日(土)−9月15日(火)
香港4日間 フリータイムコース JTB大阪発パレット 主催JTBワールド西日本
・費用 10万9千円(エコノミークラス)
ヨーコがニチイのJTBで見つけてきた秋の特別企画。直前の短期ツアーでしかも2名で催行保証。
殆どの時間がフリータイムの格安ツアー。マカオ観光がついた別コースもあったので、1日は自分達でマカオに行ってみることにした。
12日(土):第1日目
コースは大阪出発(または名古屋出発)となっていたが、直前に名古屋出発が確定した。しかし、なぜか集合場所は大阪空港。京都から空港バスで伊丹空港へ集合。ここからバスで名神高速を経て名古屋空港へ行く。16時発キャセイパシフィックCX2535便。名古屋空港は初めて利用した。当然名古屋からの出国も初めて。夜、香港啓徳(カイタック)空港に到着。
ホテルは90年に出来た真新しいイートン(EATON HOTEL)。九龍半島のネイザンロードに面し、地下鉄ジョーダン駅の北200mぐらいの場所にある新しい綺麗なホテル。
13日(日):第2日目
ホテルで中国粥の朝食をとった後、午前中は、香港島観光。バスで海底トンネルをわたり、香港島へ。昼食は銅鑼湾(トンロウワン)のホテル「美心皇宮大酒樓」で飲茶料理。ビクトリアピークへ。高層ビルが林立する香港の景色を見る。中国銀行の独特のビルがそびえている。1997年にはイギリスから中国に返還されるので変換前の中国香港を見ておくのも一つの目的だった。香港はとても中国と思えない繁栄ぶりで、中国とは別の国だ。九龍半島も香港だが、ゴミゴミした雑踏の景色は中国の汚さ丸出し。香港島の高層ビルも建設中のものがまだまだあり経済に活気を感じた。高層ビルの工事は竹で組まれた足場で支えており、日本の鉄骨足場とは大違い。確かに竹の柔軟さと強度は、軽くて丈夫な素材だと思われる。それにしてもコンクリートと鉄筋が竹に支えられているとは驚きだった。
山頂公園の展望台から市街地を見下ろし。映画「慕情」の舞台となった有名なピーク・カフェの前で写真を撮った。その後、シンガポールで行ったタイガーバームガーデンのような胡文虎花園(アウブンホウガーデン)に行った。実際、萬金油(タイガーバーム)の胡文虎が作った庭園だけど、気持ちの悪い地獄の仏教画とけばけばしい彫刻で埋め尽くされている異様な公園だった。所有者が変わったので公園を潰してマンションに建て替えが進んでいる。香港島は小さな島で人口密度が高いので、土地の値段が極端に高い。
もう一度九龍半島に戻り、バスで悪名高いスラム街「九龍城」を見に行った。治安が悪いので、バスも止まらずに、ゆっくりと巡回し車窓からの観光。ゴミゴミした廃墟のようなビルに住民がひしめき合っている。どういう訳か歯医者がやたらと多い。歯を抜くのは誰でも出来る簡単な商売だからだそうで、実にいい加減な土地柄だ。犯罪が多いので最近は当局の取り締まりも厳しくなっており、建物のすぐ前に金網を張り巡らせて街に出られないように閉じ込めていた。こんな近くで幼稚園を見つけて驚いた。
午後、東尖沙咀(チムシャッツィ)の土産物屋に案内されて、ヨーコに記念の指輪を買う。すぐにもらえるのかと思ったがサイズ合わせか何かで後でホテルに届けてくることになった。そのあとは自由行動。しかしこれで気にしておかねばならないことが増えた。
港の近くで露天商が時計広げて商売している。これを見ているとき、急に辺りがざわめき、急に店をたたんで逃げる人達に驚いた。何があったのかと思う間もなく制服の警察官が一斉に取り締まりを始めた。ヤミ商売か偽物販売で捕まえ始めた。巻き込まれるとヤバイからその場を離れた。偽ブランドの腕時計を販売していた商人が何人か警察に引っ張って行かれた。その後ネーザンロードの店をウインドショッピング。手袋7折などと書いてある。ハンドバッグが3割引との意味か。買い物は値段交渉が難しく、なかなか骨が折れる。ヨーコの気に入ったリュック型のバッグがあったがなかなかマケテもらえない。一旦諦めて店を出たがやっぱり妥協して買うことにした。
夜になって旺角(モンコック)の近くにある女人街(ノウヤンガイ)の衣料品屋を見に行った。言葉も通じず治安も良くなさそうで、長居は禁物。歩いて店の雰囲気を探った。道路には飲食の屋台が溢れ、多くの人で活気付いていた。籠にいれたアヒルとか、店先の水槽にコイやらスッポンやら生きたままで売られている。夜店のような雰囲気で昼は暑いから夜になると買い物屋も流行るのだろう。
14日(月): 第3日目
この日はマカオへ行くために、香港島へ渡る。そのまま地下鉄でも行けるが、スターフェリーに乗るため尖沙咀(チムシャッツィ)で降りて、フェリーに乗った。1等(2階)1ドル20セントと2等(1階)1ドルだったが、安い2等に乗った方が面白いと思い、2等2枚の切符を買うつもりだったけど、2等と言ったのに日本人であるから、無条件に1等を買わされた。中環(セントラル)で降りて、マカオフェリーターミナルに行って、ジェットフォイルの切符を買った。ここでも1等92ドル、2等78ドルで安い方を買おうとしたのに、無理やり1等を買わされた。まあ、安全のためには仕方がないか。ジェットフォイルは水中翼船のように船体を水面から浮かせてジェットで推進する高速船である。片道45分で澳門(マカオ)に行ける。
日本人は我々二人だけのように思った。香港出国となるので香港から出る時に出国税22ドルも取られる。中国人が多く、外国へ行くという雰囲気はない。澳門の地図を手に入れてから行こうと思っていたが、地図を売っているところがない。水上を快適に飛ばしてすぐに澳門についた、フェリーターミナルは船が着いた直後は混雑していたが、バス停を探しているうちに人が誰もいなくなってしまった。地図もなく、バス停は見つけたが、どのバスに乗ればよいのか分からない。小さな島であるからメインストリートは1本しかなく適当にバスに乗って市街地が近付けば港の手前で降りようと思った。
周りの景色に注意しながら大きなホテル(カジノ)見え、右に曲がった。まもなく商店街に入り、直線の前方に港が見えたので、そこで降りた。どうやら中心部付近であり郵便局や役所があった。商店街を海の方へ少し歩いて地図を探したが見つからず。行きたかった聖ポール天主堂がどこにあるのかさっぱり分からず。困ったことに街中に溢れているのは中国語の漢字とポルトガル語ばかり。アルファベットは読めても、意味はさっぱり分からず。困り果てて道行く警察官に英語で道を聞いた。ところが、ここでは英語が全く通じない。年寄りの警官は聞かれるのを嫌がって逃げ腰で、若い警官がなんとか片言で応えてくれた。通じた言葉はcharch?のみ。それでも商店街の北なのか南なのかが分かっただけでもラッキーだった。
それらしき路地を進んで行くと土産物屋があり突如として広場に出た。やっと見つけたと思ったものの教会ではなく、教会の残骸で前面の壁のみが残っていた。観光客も居て、安心した。すぐに行商の土産売りがやって来る。特に見るべきものもなく、近くのモンテ砦に登った。砦の上からは教会前の街並みと海が見えた。砦の大砲を写真に収め、下山。商店街に戻り、郵便局で切手を購入。帰りのバスはどこから乗るのか全く不明、歩きながらフェリー乗り場と思しき方向に向かう。ラーメンを食べようと途中の食堂に入ってみたが、言葉が全く通じない。壁のメニューを見ながら菜麺を指さしで注文。麺と言っても汁そばか焼きソバか分からない。幸い希望の汁そばのラーメンだった。しかし、菜っ葉以外の具がない。ホントに野菜の塊だけでげんなり。
さらに歩いてのどが渇いたのでコーラを買いに店を覗く。確かにコーラは置いてあったが、言葉が通じない。子供が出てきてコーラが通じた。しかし、値段が分からない。おばあさんにいくらもらえばよいのか聞いている様子。ばあさんはone dollarと叫んでいる。米ドルで1ドル支払ったと思う。高いけどしゃあない。外にでて歩いていると暑い。中学生くらいの女学生が下校中で、日本のように制服(白いセーラー服)を着ていたのが印象に残った。暑いので歩くのをやめてタクシーを探した。しばらく歩いて幸運にもタクシーを見つけて飛び乗った。ところがどこへ行くのか全く伝えられない。明らかに運転手は嫌がって降りてくれと言わんばかり、英語の分からない中国人だった。ポート、ハーバー、フェリー、ジェットフォイル、シップ、ボートありったけの言葉を並べ立てたが無言、無反応。諦めて降りようかと思った時に、ホンコンと言ったら、ついに反応した。通じたのだ!ホンコンはそのまま向うの広東語でもホンコンだった。分かれば早い!やっと車は動き出して、順調にフェリー乗り場に着いた。チップを渡して乗り場に急ぐ。最終便が出るところだった。フェリー乗り場の屋上にヘリポートがあり、最悪の場合はヘリコプターで香港に帰ろうと思っていた。
トラブル続きのマカオ観光に疲れはてて香港に戻った時は、ほっとした。中環からそのまま地下鉄でホテルに帰った。
15日(火):第4日目
この日は日本に帰るだけ。ホテルで朝食後、空港へ出発。帰りは10:30発CX2502便、名古屋ではなく大阪行き。空港バスで京都まで行き、タクシーで帰宅。